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『痴情のもつれ』/谷崎潤一郎


谷崎潤一郎の短編『痴情のもつれ』は、男女の愛憎が生み出す心理的葛藤を濃密に描いた作品です。舞台は大正期の都市。主人公の男性は、美しくも気性の激しい女性に翻弄され、愛と執着の狭間で揺れ動きます。恋人同士でありながら、互いの独占欲や疑念が関係を複雑化させ、やがて破滅的な結末へと向かっていく様子が描かれます。谷崎特有の耽美的な文章と心理描写は、この短編でも存分に発揮され、読者は人物たちの内面に深く入り込むことになります。

特筆すべきは、物語が単なる恋愛譚ではなく、人間の本能的な欲望や執着の構造を解剖している点です。谷崎は、愛情が嫉妬へ、嫉妬が攻撃性へと変わる過程を繊細に追い、言葉の選び方や場面転換でその感情のうねりを巧みに表現します。また、舞台となる都市の描写や人物の所作に、大正モダンの雰囲気が濃く漂っており、時代背景と心理描写が一体となって読者を引き込みます。

もっと詳しく:愛と執着の心理分析

『痴情のもつれ』を深く読むと、谷崎がテーマとしているのは「愛情の純粋さと、それを侵食する自己愛の衝突」です。主人公は恋人を深く愛していますが、その愛は相手の幸福よりも「自分の所有物であってほしい」という願望に根ざしています。この独占欲が物語の核です。

恋人は、外見の美しさと自由な気質を併せ持ち、周囲の人間を魅了します。しかし、その自由さは主人公にとって脅威であり、安心感と不安感を同時に引き起こします。物語の中で、二人は繰り返し愛を確かめ合う場面がありますが、そのたびに嫉妬や疑念が顔を出し、関係を蝕んでいきます。谷崎は、この「愛と不信の往復運動」を巧みに描き、読者に人間関係の脆さを実感させます。

文章表現にも注目です。谷崎は、心理描写において比喩を多用し、感情の揺れを色や音、温度といった感覚的要素で表現します。例えば、嫉妬心を「胸の奥でじりじりと燃える煤けた炎」と形容することで、その感情が理性を蝕む様子を視覚的に伝えます。また、登場人物の会話には独特の緊張感があり、互いの言葉の裏にある本音を読者が想像せざるを得ません。

さらに興味深いのは、物語に明確な「善悪」の線引きがないことです。主人公も恋人も、自分の感情に正直であろうとしますが、それが必ずしも相手の幸福にはつながらない。谷崎は、このアンビバレントな感情を描くことで、「人はなぜ愛するほど相手を苦しめてしまうのか」という普遍的な問いを投げかけています。

『痴情のもつれ』は短編でありながら、その心理描写の密度は長編にも匹敵します。愛することの美しさと危うさ、その二面性を鋭く切り取った本作は、谷崎文学の中でも特に人間の暗部を覗き込ませる一編です。

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